Interview インタビュー

「人を繋ぐ」チームプレイで、在宅医療の現場に挑む

相談課 RS

日常の中にあった介護、上京の決意

私は、ときわに入職するまで長年、介護業界に従事してきました。私にとって介護は、生まれた時から生活の中に当たり前にあるものでした。10人家族で育ち、寝たきりの祖父母を家族全員で分担しながら在宅で介護する家庭環境でした。幼少期から、手伝い感覚で尿瓶の処理をしたり、月1回の訪問入浴では、水やホースの準備を水遊び感覚でしていたので、楽しかった記憶があります。

中学生の時には、祖父母が入院すれば持ち回りで病院へ介助に行くことも当たり前だったので、部活が終わって帰宅してから病院へ向かうことも、私にとっては普通の日常でした。
最終的に祖父母を自宅で看取った経験もあり、私にとって介護の分野に飛び込むことへ抵抗はありませんでした。

一方で、本来志望していたのは美容師でした。おしゃれが好きで、人の髪を結ぶことが得意だったため、美容師を目指すとともに、東京での生活にも強い憧れを抱いていました。しかし、肌が弱く、パッチテストでアレルギー反応が出たため、美容師になることは断念せざるを得ませんでした。

それでも上京への夢が諦めきれず、私が進路を考える中で選んだのが、幼い頃から身近にあった介護の道でした。2000年の介護保険制度が始まる2年前が就職のタイミングだったので、措置時代から最新の介護を学ぶため、東京に出て専門学校に通うことを決意しました。専門学校の健康福祉学科へ進学し、在宅介護の健康と福祉の全般を学びながらヘルパー1級(現在の訪問介護員養成研修1級課程 )を修了しました。

 

卒業後は、専門学校の紹介で訪問入浴や24時間巡回型介護サービスを手がける会社に入社し、厳しい現場を経験しました。

訪問入浴では、分割された重い浴槽とホースを、エレベーターのない団地の上階まで階段で担ぎ上げ、訪問先で組み立てたら、窓から「お水OKです」と階下の入浴車に合図を送るような、まるで消防士さながらの力仕事で、過酷ではありましたが面白かったです。夏場になれば、1日8件のお宅を回る過密スケジュールでした。周囲の同期たちが「在宅はしんどい」と次々に離職していく中、私は実習時代に学んだ「大変な状況を支えるために私たちがいる」という気持ちで現場に立ち続けました。

運転手、看護師、私の3人でチームを組み動く中で、業務を円滑に進めるための工夫や、周囲との良好な人間関係の築き方を身につけました。この経験が、現在の多職種との連携や調整の際に、現場のスタッフが動きやすく、かつ患者さんにとっても納得感のある提案ができる糧になっているのではないかと感じます。

24時間巡回型サービスを担当した時期は、週末も緊急電話を持ち歩き、常に緊張感と隣り合わせの毎日でしたが、同僚や友人に支えられて現場の技術を磨き上げていきました。そして実務経験を重ね、3年目の22歳の時に介護福祉士の資格を、5年目の25歳の時にケアマネジャーの資格を取得しました。

その後、介護技術や身体介護の経験を積むため、ショートステイとデイサービスを運営している施設へ転職しました。介護職員と相談員を兼務しながら、看護師から病気や医学的な知識を教わり、複数の利用者さんを多角的な視点で支えるチームプレイを学びました。

ヘルパー時代の「一人で訪問し、帰社する」という業務のあり方から「多職種で交代しながら一人の生活を支える」という視点を得られたことは、私にとって大きなステップアップでした。

 

地域の繋がりに助けられたケアマネジャー時代

転機となったのは、次に転職した小規模多機能型居宅介護の新規立ち上げ事業所での経験です。当初は「二人体制でケアマネジャーの指導をする」と聞いていましたが、いざ入職すると前任者が退職しており、未経験だった私が突然「一人ケアマネジャー」として業務を回さなくてはいけない状況でした。

そこで私は、地域包括支援センターや近隣の事業所へ足を運び、頭を下げて教えを乞いました。挨拶回りを行い、同じ地域のケアマネジャーの方々にケアプランの作成方法や業務の進め方を一から教えてもらいました。「お互いに助け合っていこう」と声をかけ合える地域の横のつながりは、私にとってかけがえのない財産となりました。

道で会えば「元気にやってる?」と声をかけてもらい、お互いに困りごとがあれば相談し合える、温かい人間関係が築かれたと思います。10年以上が経った今でも、そのつながりがしっかりと活きており、当時お世話になった方から困難ケースの相談や訪問診療の依頼をいただいたりと、現在の私にとって大きな強みとなっています。

 

介護の知識だけでは救えない現実と、訪問診療への挑戦

介護の現場で着実に経験を重ねてきましたが、ある2つの出来事が同じ時期に重なったことで、自身のキャリアについて考え直すようになりました。

1つ目は、当時中学2年生だった息子の友人が小児がんを患い、亡くなってしまったことです。最初は風邪で休んで部活に来られなくなったと聞き、だいぶ長引いていると思ったら小児がんで入院することになったと聞きました。病状が急速に悪化し、在宅に切り替えて自宅で看ることになりました。当時、彼のお母さんから相談を受けており、訪問診療や在宅で看るための医療や支援の情報になかなか繋がれず、大変だったという切実な声を聞いていました。さらに、息子の友人は非常に聡明で、最後まで勉強を続けたいと望んでいたにもかかわらず、医療的ケアが必要な子供を受け入れてくれる教育環境が整っておらず、悔しい思いをされていました。

もう1つは、義理の母をがんで亡くしたことです。義母が余命宣告を受けた際、本人と家族の希望から最期は在宅で過ごすことを目指しました。 私は介護のプロとして、「在宅でも十分に看取ることができる」と考え、介護保険の手続きや環境調整についてアドバイスしました。

しかし、いざ帰省して様子を見てみると、家族にはおむつ交換などの介助も難しく、痛みのコントロールや医療機器の管理についても、家族だけでは限界がある状態でした。最終的には救急車で病院へ搬送し、病院で最期を迎えることになりました。

この2つの出来事は、「小児にも困っている人がいるのに、自分は介護のことしか知らない」「高齢者の介護知識だけでは、医療依存度の高い方々を支えきれない」と、私自身に無力感を抱かせました。

特定の施設で働いていると、提案できる選択肢に限界があります。困っているご家族や患者さんに対して、「こんなにたくさんの選択肢や医療の形があるんですよ」と、より広い視野で提示できる人になりたいと思うようになりました。周囲から相談員に向いていると言われていたこともあり、訪問診療という「医療」の世界へ飛び込むことを決意しました。

 

医療知識とスキルの習得

ときわに入職してからは、新たな知識の習得に励んでいます。介護保険とは異なる医療保険の制度や、酸素や胃ろうといった医療デバイスの管理など、入職してから勉強していきました。

ときわには「まずは自分で調べて学ぶ」という自立したスタンスがありますが、書籍や社内テストで知識を補うだけでなく、私は疑問があれば医事課や看護課の職員へ積極的に質問しました。分からない物品も多いので、実際にデバイスを見せてもらうことで、頭の中の知識と結びつけながら理解を深めていきました。
医師とのコミュニケーションにおいても、必要な医療知識を身につけることで、スムーズに相談や提案ができるよう日々勉強を重ねています。

また、もともとパソコンが苦手で分からないことも多かったのですが、最近になってようやく使えるようになってきました。最初の頃は自分で調べたり、同じ拠点の職員に聞いたりしながら覚えていきました。その点では職員に迷惑をかけたこともあったと思うので、日々感謝していますし、その分自分にできることがあれば率先してやるようにしています。

例えば、診療チームが訪問から戻ってきたときに、患者さんに関する困りごとがあればそれを聞き出し、翌日には解消に向けて動きます。必要に応じてケアマネジャーと連絡を取り状況を確認するなど、自分の領域で支えになれるようにしています。

 

 

助け合うチームプレイと、ゆとりを生む働き方

業務を行う上で大切にしてるこだわりは「挨拶」と「コミュニケーション」です。人と人との関わりの仕事なので、目を見ることや、何かあったら「ありがとう」「ごめんなさい」など、本当に基本的なことを大事にしています。訪問から帰ってきた職員を「おかえりなさい」と笑顔で迎えたり、些細な会話からお互いのミスをフォローし合えるチームを構築する。それが結果として、患者さんやそのご家族が安心して在宅生活を送れる環境に繋がると信じています。

人とのコミュニケーションでは、伝えたつもりでも十分に伝わっていなかったり、人によって捉え方が異なることもあり、勘違いにつながることもあります。だからこそ、どんな状況でも認識を合わせ、確認を取ることが必要です。

当たり前のことかもしれませんが、なかなか行動に移せない人もいます。そうした時は、まず私が実際にやって見せることが大事なのかなと思います。そうすることで、他の職員も声をかけたり、聞いたりしやすい環境になるはずです。

完璧な人はいないので、誰にでも抜けが発生してしまうことはあります。でも、そこをお互いに助け合い、フォローできれば、事故に繋がる前に防ぐことができます。

一人で仕事を完結できているように見えても、ミスをした時に誰もフォローできない状況になるのではなく、チームで解決できる環境をつくっていくことが大切だと思います。

そういった理由もあり、ときわへの入職にあたっては、自分の目で現場の雰囲気を確かめることを重視しました。面接時に相談し、配属予定の拠点を見学した際、職員や医師の温かい雰囲気を肌で感じ、「この人たちと一緒に仕事がしたい」と入職を決めました。

ときわの医師は、仕事の時はピシッとしていますが、お茶目な方やシャイな方がいて、面白く、楽しい方が多いです。最初の頃は様子を見てたのですが、雑談から仕事までさまざまな内容の会話をして徐々に打ち解けていきました。

最近は医師から積極的に話しかけてくださるので、少しずつ良い関係性を築いて行けていると思います。

働き方の面でも、大きな変化がありました。かつての24時間365日、緊急電話に追われる生活から一変し、土日祝日はしっかり休み、勤務時間との切り替えがはっきりしたことで、精神的なゆとりが生まれました。また、自分がすべてを指示・判断しなければならなかった介護職時代とは異なり、医療の現場では「患者さんの状態を正しく観察し、正確な情報を医師へ繋ぐ」という役割に徹することで、確かなチームに守られている安心感を実感しています。

 

人と人を繋ぎ、地域で頼られる存在へ

やはり、ときわの「人に寄り添い、未来に挑む。」という理念が大事だと思っています。
医療でも介護でも、在宅医療に携わる人の姿勢はみんな同じです。担当する患者さんや関連する職種に合わせる仕事だからこそ、相手の立場や気持ちに寄り添える方と一緒に働きたいです。医師も含め職種に関わらず、こちらから相手のあり方に収まるという姿勢が大切ですし、その点は、病院と在宅医療の大きな違いだと感じています。

 

今後の目標は、相談員として、地域の方々が困った時に「まずはこの人に相談してみよう」と思っていただける存在になることです。そして、それが新規の依頼にも繋がっていけばいいなと思ってます。

今はまだ入職して数年なので、これまでの知り合いとの繋がりを大切に、徐々にその輪を広げ、「この地域で在宅医療の相談をするならSさん」と言っていただけるくらいの存在になれたらいいなと思います。

RS 相談課

RS 相談課

専門学校卒業後、介護業界に従事し、24時間巡回型介護やショートステイ、小規模多機能型居宅介護のケアマネジャーなど多岐にわたる現場を経験。自身の体験から訪問診療の世界へ進むことを決意し、2025年2月より医療法人社団ときわへ入職。相談員として勤務。